ホイッスルが鳴った瞬間、相手の子が飛び込んできました。
タックルされて、転がされて、押さえ込まれる。立ち上がって、また同じことをされる。何もできないまま、試合は終わりました。
6歳の、初めての試合です。
その子は、マットの上で声を上げて泣きました。泣きながら、マットを降りてきました。
20年以上コーチをやってきて、負けた子は数えきれないほど見ています。でも、この日のことはよく覚えています。このあと起きたことが、負けるということの、いちばんかっこいい形だったからです。
(この子の話は、以前「泣き虫6歳児がレスリングを始めて、初めての試合に出るまでの話」でご家族の目線から書きました。今日はコーチの側から書きます)
何もできずに負けた、その直後
泣きながら戻ってきたその子に、私はこう言いました。
「最後まで逃げなかったな。えらいぞ」

慰めで言ったのではありません。本当にそう思ったからです。
何もできない試合というのは、見ている側が思う以上に長い。2分間、何をしても通じない。それでも、あの子はマットの外に逃げませんでした。背中を向けなかった。
勝ち負けの前に、ここがまず一つ目のかっこよさでした。
勝った子が、寄ってきた
そして、ここからがこの日いちばんの場面です。
勝った相手の子が、泣いているその子のところに歩いてきました。
そして手を出して、こう言ったんです。
「またやろうね」
6歳同士です。さっきまで、全力で押さえ込んでいた相手です。
握手をして、勝った子は自分のクラブの列に戻っていきました。誰かに言われてやったようには見えませんでした。たぶん、そうしたかったから、そうしたんだと思います。
私はこれを、勝った側の負け方の話でもあると思っています。相手を負かした直後に、相手をちゃんと人として見る。大人でもなかなかできません。
帰りの車で、ぽつりと
これは、あとでお母さんから聞いた話です。
帰りの車の中で、その子はずっと黙っていたそうです。しばらくして、窓の外を見ながら、ぽつりと言ったと。
「つぎは、かつ」

それだけです。言い訳もなく、相手のせいにもせず、泣き言もない。
負けたことを、まっすぐ受け取って、次のことだけを口にする。
私がこの話で一番好きなのは、ここです。
6歳は、負けを隠さない
振り返ってみると、あの日の6歳たちは、負けを何ひとつ隠していませんでした。
- 悔しいから、泣く
- 強かった相手を、ちゃんと認める
- 次にやることを、口に出す
泣くことを恥ずかしいと思っていないし、負けたことを格好悪いとも思っていない。負けたという事実を、そのまま持って帰っている。
これが、かっこいい。
大人の目で見ると「泣くのは弱さ」に見えるかもしれません。でも私には、あの涙は全力を出した証拠にしか見えませんでした。
いつから、負け方が下手になるのか
不思議なことに、学年が上がるにつれて、負け方が下手になっていく子がいます。
- 泣かないかわりに、相手を見ない
- 負けた理由を、審判やマットのせいにする
- 笑ってごまかして、何もなかったことにする
- 試合を、最初から本気でやらない(負けても言い訳できるように)
どれも、負けた自分を守るための動きです。周りの目が分かるようになるほど、子どもは負けを隠すことを覚えます。
責めるつもりはありません。成長すれば、みんな一度は通る道です。
ただ、負けを隠した子は、負けから何も持ち帰れません。隠したぶんだけ、次の試合も同じ負け方をします。
大人のほうが、負け方が下手です
正直に書くと、これは子どもの話だけではありません。
仕事でうまくいかなかったとき。人に負けたとき。大人のほうが、よっぽど負けを隠します。言い訳をして、人のせいにして、なかったことにする。
私も、あります。
だからあの日、6歳の二人を見ていて、少し恥ずかしくなりました。負けた子は泣きながら「つぎは、かつ」と言い、勝った子は相手の手を取って「またやろうね」と言った。
教えるつもりでマットに立っている大人が、教わってしまった日でした。
かっこいい負け方には、3つしかない
あの日の二人から、私が教わったことをまとめます。
- 悔しいなら、泣いていい。隠さなくていい
- 強かった相手を、ちゃんと認める。握手でも、一言でもいい
- 次にやることを、一つだけ口に出す。「つぎは、かつ」で十分
どれも、特別な技術ではありません。6歳にできることです。
うちのクラブでは、試合で負けた子にこの3つを押しつけることはしません。ただ、できた子がいたら、勝った子と同じように褒めます。
まとめ:負けたあとの30秒が、その子を決める
試合の勝ち負けは、2分で決まります。
でも、その子がどんな選手になっていくかは、負けたあとの30秒で決まると、私は思っています。
泣きながらでもマットに背中を向けなかったこと。勝った相手の手を握ったこと。帰りの車で、次のことだけを言ったこと。
あの6歳は、あの日メダルを取れませんでした。それでも、私が見てきた中で、いちばんかっこいい負け方でした。
もし今日、お子さんが試合で負けて帰ってきたら。勝ち負けより先に、負け方を見てあげてください。そこに、その子のいちばんいいところが出ていることがあります。


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